あ〜 肩に力が入ってた一日だった。
どんどん狭くなって、鎧兜でも着ているような。
こんなに重く、硬い 鎧 をつけていたら
乗る波にも 乗れないわけで。。
流れに身を任せ、その流れの景色でも
楽しむのが ショウに合ってる。
その時が 来れば ことは そうなるから。
自分の信じる 自分の中のそれに
本当に 素直に 行動してみる。
信じることが 味わえる世界が広がる。
逆に あまのじゃくな 行動をしてしまうと
自分の信じることとは 程遠い世界が広がる。
本当に、一時、一時の 小さい事柄でも
本当に そうなる。
一時一時 が かけがいのないものと 実感し、
だからこそ、
一時一時を 自分の信じるそれに 素直 に
行動しようと思う。
本当に 本当に 感謝。
夢というのだろうか? まだ 現実に起こっていなくて、
でも そうありたい という強い思い が湧き出てきて、
どんどん強くなり、そうなった際の 様々な 場面が
どんどんはっきりとしてくる。
本当に、そうありたい という思いがかなった時の
想像上の場面なのだが、
色々なことが すっきりとしている。
そう思う自分がありながら、
今の 目の前のことを 行動していると、
「あっ、もしかしたら、今やっていることは
もう是で最後かもしれない、もうこれをするのは
最後になるかもしれない。。」
という思いが広がり、
今、目お前で行っていることを
じっくり味わって 大切に行動しよう、
という気持ちが 強くなってくる。
こうありたい。。 という 強い思いの先の
想像上の 場面が めぐってこなかったとしても、
今が こんなに大切 という 感じを 味わえることは
何かの 贈り物のような気がする。
答えは 自分で 自分の中から見つけ出すもの。
そして、その答えを 導き出させてくれる
先人 たちに 感謝します。
“ 先人 ”。。。 時に関係なく、
存在する全てが 先人 なのだろうと思う。
ありがとうございます と思う。

photo friday - gatherings
Taken on Nov 26,2003 by nobuko
Photo Friday Webring Japan
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上野の 東京国立博物館 に
『 国宝 大徳寺聚光院の襖絵 』 の展覧会を観にいった。
2時間ほどの時間だったため、
狩野永徳 筆、 狩野松栄 筆 の 4作品 と
千住博 筆 の 2作品を 中心に観た。
狩野永徳 筆の 襖絵を観て、 短く表すなら、
狩野永徳 の この世に 生きるすべてのものに対する
慈愛 (といっていいのであろうか) の深さを 感じた。
(以下 全くの私個人の見方でしかありませんので、
お許しください。)
特に 「花鳥図」 16面 は 気がつくと 1時間がたつほど、
狩野永徳の 無数の目線を描き出す 温かさに感銘を受けた。
1日中でも、襖の前に正座をして じっくり眺め、
虫の目線、かえるの目線、土の目線、枝の目線、
山の上の木の目線、花の目線、鳥の目線。。。
無数に広がる目線の世界を じっくり味わってみたい、
そんな 襖絵だった。
時代がたち、千住博 筆 の 襖絵。
この世のものの すべての目線を超え、
存在するすべての微粒子 からの 視線 が
描かれた 世界のように感じた。
現われを超え、すべてが同じ微粒子として 存在している、
そんな世界が描かれているような、
何かに吹き上げられるような、
地上を抜けるような そんな 域にひろがる世界観を
強く感じる 襖絵だった。
室町の狩野永徳氏は 無数の目から無数の世界、
平成の千住博氏は、
一つの目が見うる複数の層の領域の世界 が
描かれた いずれも それぞれの時代の
聚光院 の 襖絵だった。
できることなら、数百年後、
どんな目で 両氏の 襖絵を見るのか
観てみたい。
カサブタ のようなものが取れたら
糸のあやが するすると ほぐれた。
球がどんどんと大きく、加速を上げながら
転がっていたように感じていたものも
透き透り、程よい大きさになり、
じっとしている。
今まで、どんな思いで、気持ちで いたんだろうと
今までとは 違ったところからの声がかかる。
ようやく、 ようやく、 足並みがそろった。
今日 この時のために 今までがあったのではないかと。。
そんな 気分の、 とっても ありがたい 一日が終わります。
明日 どんな景色になるのかは そのときまで。
現象としての根源が、
現象としての存在を 一瞬 一瞬 の
流れの中で うつし出す。
存在が一瞬の現象であること、
無数の現象が重ね合わさるとき、
新たな現象が生み出ずること、
そして、それが 美しさとなること。
一瞬の現象は、形、色を 持ちながら、
形、色すらも 無いということ。
そして、私自身も、また私を取り巻く全てが 現象であること。
それを 改めて 実感させてくれた 数分であった。
私の人生においても 最高のタイミングであった。
(南極皆既日食の日に)
楽しいと思うと、楽しさが一杯になって、
いろんなことや、いろんなものとの 間 が
楽しさで一杯になる。
やっぱ こっちの方が いいや。
賢そうにみせようとか、善人ぶろうとか、
ぶったって、そのまんまだから しょうがない。
賢さは 本当に 賢い人に お任せしようっと。
コメントのメールアドレスを非表示にしました。
日々のノート の kimikoさんを
参考にさせて頂きました。
下記 3つのテンプレートの <$MTCommentAuthorLink$> というタグの部分を変更。
Individual Entry Archive
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→<$MTCommentAuthorLink spam_protect="1" show_email="0"$>
どうしても 黒い部分で 目を瞑っていたところに
突然 ぶち込まれてしまった。
そこは、自分の描く絵図の中で
真っ黒な部分で、絶対的に 避けていたところだ。
くやしいかな、はずかしいかな、
生命力には負けるのです。
黒=消滅 程の位置づけをしていたにもかかわらず、
消滅以外の選択を選ぼうとしてしまうのです。
自分の中の 丸い球体みたいな部分は
それを 跳ね返していたにもかかわらず、
その 生命力が、
自分の中の 丸い球体のほかの面がそれに向けば
それの 黒以外の面が
こちらの 球体に 向いてくるんだと、
勝手に 絵図を 描き変えてしまっているのです。
くやしさより、はずかしさより、
息を したいんだ と思った。
強烈な痛みが 息もしている事を
教えてくれたのかもしれない。
ただ今 22:40 すぎ。
ようやく 体の力が抜けてきたところです。
多くのお客様がご来店くださり、
沢山の楽しいときが流れていました。
店内でかわされる 様々な会話。
交わされる内容は、お品物に関すること、
ちょっとしたたわいもない話。
長いお話になったり、2言3言だったり。
そんな内容にもかかわらず、
そこに乗っているのは、
なんとも ほんわかした
ニコニコとした感じの空気。
お店でしか味わえない 独特な雰囲気。
それぞれの立場があり、
それを崩せない環境が、
適度な緊張感と、ほど良い 気のゆるし加減が
こんな空気を作り出していると思う。
今日は そんな空気を 全身に浴びました。
様々な条件が重ならないと
生まれない雰囲気であるので、
またあした こんな日が迎えられるかわかりません。
明日は明日の風が吹く。
今日に感謝です。
いよいよ 明日から 町田の店は
年末までのセールの第一弾が始まります。
大忙しになるけれど、
出来るだけゆったりと 良いお品を見つけて頂きたいです。
こんな時は ついつい走ってしまいがち。
今年のセールは急ぎ過ぎない時間を作り出して
ゆったりしていただけたらなあ と思います。
いろいろな涙があるけれど、
初めての感覚の涙と遭遇した。
まったく 悲しい話でも 感動本でも ない
その本を読んでいて。
読みながら、やば 何で涙が出てくるよお。。。
と思いながらも、夕方の帰宅ラッシュの座席で
どんどん出てきてしまったわけなのです。
ひとり 誰もいない 砂漠のようなところを ただただ長い間歩いていると、
同じように ひとりで ただただ長い間歩いていた人が
目の前に現れる。
見ず知らずの人なのに、なぜか ひとりで歩いてきた
お互いの長い距離と時間を 分かち合うように
無言で流す 涙だったように思うけど。
この感覚の 言葉がみつからないので
たとえるしかなく、
その たとえ すら あいまいなままでしか
表すことができない、
そんな 初めての 涙でした。
朝 踏切を 待っていた。
首を30度ぐらい斜め左上にむけると
あったかいひかりが一杯の太陽が
斜め右上 45度位にかたむけると、
白いうっすらとした三日月と
一かたまりのうすい雲 が
水色と青の中間ぐらいの色の空に
同時にあった。
ポカポカ なんとも うれしい気分なわけです。
やけに サイト表示に時間がかかると思ったら
blogrolling スパム攻撃にあってしまった。
そんな つまらないこと。。。
これを気に blog people に 切り替えようか。
でも blog people に替えると メインページが
途中で切れちゃうんだよなあ。
もう〜。
トンネルに自分で入り込んだのか、
そこに もともと トンネルがあったのかは
知りえませんが、
とおり出てみると あっけなく
どこの トンネルか わかったり。
目や、いろいろな機能が
息を吹き返し始めたようです。
まずは ホッ。 感謝!
あ〜 今日は 見切り発車の連続だった。
いつも大体 仕事の終わりに これをエントリーする。
今日も さっきそれをエントリーした。
いつもここは その日 実際に実感したことを 書いている。
今日は しっかり実感していないことを
作文して書いてしまっていた。
まだ、自分を通り過ぎていないのに
書いてしまった文は ほんと 気持ちの悪さが
体中に残っていた。
帰り道、きれいな半月が 見えた。
それだけで 十分だと思った。
あ〜 今 帰ってきてすぐに 書き直しをしているわけです。
ホッ。
振り返ると、ホント、今日何度も 見切り発車ばかりでした。
あ〜あ〜 あせらない あせらない。
違いを見せてくれている存在との
一時的な、 その場限りの ギャップを
おもてなし の 気持ちで
埋めてみた。
相手との間に 生じる 気持ちのよい ふんわり感 に
密度が加わった。
秋 深まった時に 咲く花は
独特な 深い 芳醇さであふれる。
夏の太陽の光、暑さ、風、水 を
覗かせてくれる。
密度が増した ふんわり感は
そんな 空気感 を 味わえる。
他者と向き合ったときの
パ〜 とひろがる フワ〜ン とした
なんともいえない空気感。
一人 はいり込んでいくかのごとくの
つめる時間。
それぞれの楽しみ、変化の楽しみ,
連動した楽しみ を
味わっていくことで
何を見せてくれるか 見てみたい。
追記。。
もっと、ずらして加工して
ウイットに富んで
書ければいいのに。。。と
ないものねだりの 言葉も加えておきます。
今まで普通に使っていた言葉なのに、
あるとき 何故だか その言葉が
全く別物のように、はっきりすることがあります。
今日は これ。
『割り切る』
普通に使っていた言葉だけど、
今日はこれで ずいぶん助かりました。
割り算して、 あまり 。。。n が
ない計算。
なんにも ふわふわ どっちつかずがない計算。
先のことを測らなくてはいけないけない時、
いろいろな計算が必要な時、
「割り切る、割り切る」と 思いながら
いろいろを 組み立てすると 本当に すっきりしちゃいました。
予測、予定、先の事を見たくなかった
このごろですが、 これがあれば
今の事として 考えられそう。
割り算知っててよかった。。
目が見てくれる、はかってくれる、感じてくれる。
耳が耳をそばだててくれる、聞いてくれる、感じてくれる。
口が出したがっている声を発音してくれる。
声を見極め、聞き極め、また出してみる。
なんか 今更と言うか 改めてというか
いつもの事のようだから 何で今日?
なんだけれど、
昼休みに、急に思い立ち、書き留めておこうか
と思ったんだけど、
ほんとに 生きててよかったなあ と思う。
何が起こったわけでも、お天気がいいわけでも、
何かの結果が出たわけでも 全然ないが、
何にもなくて、何か特別なことがなくても
生きていてよかったと思ってしまう、
単純な脳天気、おばか、鈍感 が この世に
一人ぐらいいてもいい。
小さいけど。。
さてさて。。。
見ようと思って見ると、見え過ぎてしまう。
では どこにそれを持っていく?
一番壁が厚いところ?
お〜 削られるのはやはり痛い。
う〜 本当に。
あっ。
削られるのが痛かったら、
穴あけなくても、登って降りればいいや。
これなら あ〜 ホント、痛くない。
タイムラグの連続。
その隙間の 流れを追ってみると
あら不思議。 こりゃまた。。。
なんか 面白くなりそうな 予感。
明日は何が加わってる?
大きなお土産を頂いた気分。
有難うございました!
本日 バーバリージャパンの代表取締役の方が
私共の店にお見えになった。
8月よりロンドンから日本に住まいを移した
イギリス人の素敵な紳士であった。
バーバリーブランドの寝具が ちまたで
(デパート以外で)どのように販売されているのか
ご覧になられたかったとのこと。
様々な分野の小売店をご覧になってらっしゃるようだ。
様々な価値があり、 価値に対する考えがあり、
受け取り方があり、消化のされ方がある。
marukyo という うちの仕事の役割は、
ただただ本当に ゆっくり、ぐっすり、
おだやかに お休み頂ける 寝具をお届けすること。
ストラヴィンスキー 『兵士の物語』 の初日舞台を観に行った。
(出演 西村 雅彦 さん、
踊り 西島 千博 さん、 酒井 はな さん、
指揮 西本 智実 さん)
舞台から目が離せなくなり、入り込んでいく自分と、
その自分がどんな感情を抱いているかを 観る自分を
味わう 優雅な時間だった。
目が見えたこと、耳が聞こえたこと、
呼吸ができたこと が とても有り難いと思う。
笑顔だったり、表情だったり、声だったり
それが切符になったりする。
笑顔だったり、表情だったり、声だったり、
それが補助クッションやわらかマット
だったりする。
1つづつ、1つのかたまりを過ぎていくと
あっという間の出来事として過ぎている。
それに向かう前は、この事をやってみよう
と思って やってみる。
次に進んでいる。
このペースがいつの間にか どんどん 短くなっている。
こんな日もあってもいいか。
また、明日には どんなになってるかわからない。
まあ いったりきたりしながら
役割はきっちり見極めながら。

This week's challenge: night.
The moon, between palm trees.
On Sep 11, 2002, at Kapalua, Maui, HI. (by nobuko)
最近、自分のBLOGを開くと
文字化けしてしいる。
右クリックで エンコードを開くと
日本語(シフト JS)
となっていて、
これを
日本語(EUC)
になおそと、無事 文字が戻る。
なんでだろ。