どうにか 通常の暮らしに戻り始めた。
オリンピックの間、
様々な競技、 選手、 様々なものの結集に
夜なか中、 ひきつけられていた。
ずいぶんと気持ちがゆすぶられた。
想像し得ないものを想像しながら。
いいものを沢山見させて頂けたオリンピックだった。
印象深い年のオリンピックとして残るだろう。 感謝。
どこまでも成長をし続けていく。
その過程で、 乗り越えるのは、
自分に起きた出来事ではなく、
それに自分で貼り付けてしまった言葉なのかもしれない。
自分で貼り付けた言葉は、
気が付いた時にいつでもはずしてあげるが良いのであろう。
言葉の力は、 それだけ強く、
そして、 しなやかなのだろう。
先日ふらりと求めた 簡単に弾けるピアノ名曲集
なるものを 実家に持ち帰り、
ピアノを弾いてみた。
『ベートーベン ピアノソナタ第8番 悲愴 2楽章』
何年ぶりかのピアノで、 たどたどしく弾くわけだが、
なんと美しいメロデイーなのだろうかと、
酔いしれながら、 何度も弾いてみた。
生んでくれたメロデイに、
偉大なる作曲家に、
メロデイを奏でた限りない多くの人々に、
色々な思いをめぐらせ、
今更ながら、 胸をドキドキとさせた。
雨の雫の音に誘われて 目を窓辺に移した。
窓の外はもう暗く、
雨が葉に、 木の枝に、 土に、 地面に
落ちる音だけが 窓の外にあった。
しばらく じっとして、 耳と目に身をまかす。
音が心臓の鼓動を夜に向かわせた。
いわゆる ヨン様 の CM に目が止まった。
えっ、 SONY、 しかも ビデオカメラ。。
ヨン様の イメージで グッと来るのは
子育てに区切りがついた女性の方々では。。。
その方々に ビデオカメラ。。。
どうも、つながらないような。。
などと話していたら、
売れているそうだ、 との答えが返ってきた。
子供を撮るのではなく、 きっとご自分達の
趣味の為にカメラを回すことになるのだろう。
きっと ワクワクとしながら。
きっと 初めてか、 2台目ぐらいの
ビデオカメラ。
昼間にお店に買いに行く姿、
それを開けて、 マニュアルをめくり、
試し撮りをしてみたりする姿。
それぞれの 趣味の世界を 撮る姿。
確かに楽しそう。
物とのつながり方も 無限な訳だ。。と。
映画 『 Deep Blue 』 を見てきました。
無限の感じ方と、 無限の感想 が詰まっている映画。
映画終了後、 メデイアージュのその館内に拍手が起こった。
それにしても、 すごい生命力のある星、地球に
生まれてきたんだなあ と。
そして、 地球上の全てが その生命力を 与えられている と。
この地球に、 人間として、 一つの生命を頂き、
この様な映画が作られ、 見られる時代に
今、 生きている自分。
どのように、 この生命力を 生かしきり、
1つの生命を生きぬき、 次につないでいくか。
与えられた 自由 と 責任 でもあると感じている。
深海の映像を見ながら、
この海が枯渇してしまうことがあるのだろうか、 とか、
どこまで、 この海がある限り、 地球の生命が
進化し続けるのか、 などと 思いをよぎらせた。
映画には、 一人として人間は写っていないが、
映像を撮った人々、 映画を作った人々、
スクリーンの前にいる人々、 が どんなドラマを
作っているのか と 想像をしてみるのである。
行動 によってもたらされる 様々な 感情を
自身の備わっている機能を信じて
きちんと味わい消化する。
もたれるような、 重く、 こびりつきたがっている感情にiも
自身の機能が 消化剤になるべく
新しい行動の目印を目の前に示してくれる。
中和剤のごとく働いてくれるその行動を
手を伸ばして また 取り込む。
その行動の後に起こる感情は どんなものか。
それは、 その時点で また じっくり味わってみようじゃないかと。
毎日、 アスリート達の舞台上の姿を
見せてもらえることは 本当に有難い。
みんな、 おめでとう!
男子柔道 66kg級 ゴールドメダリスト、
内柴 正人選手 の 直後のインタビュー。
’ 家族に優勝をプレゼントできます。
今日が結婚式の先輩がいて、 優勝をプレゼント
出来たらいいと思っていた。 優勝をプレゼントできて
よかった ’
という内容を話していた。
カーラジオから流れてきた その言葉に
胸を深く衝かれた。
みなの喜びであるという事の強さに奮い立たせられる
思いがしている。
前人未到の快挙。
谷 亮子 選手、 野村 忠宏 選手、
おめでとうございます!
オリンピック前、
谷 亮子選手が 「柔道とは柔らちゃんにとってなんですか?」
と聞かれ、 即、 「心臓です。」 と答えていた。
心臓は 生まれてから、 死ぬまで 動き続けているところだ、と。
うなるしかないような、
拍手しか出来ないような、
そんな人物を目の当たりに出来て
本当に感謝です。 どうも有り難う。
いよいよオリンピックが始まる。
日本選手たちのインタビューや、映像を
頻繁に目にするようになってきた。
いつの間にか 年下の選手ばかりになった
彼女、彼達は 本当に 強い と実感する。
いつの間にか、 輝きを放つ若い人たちから
沢山のエネルギーをもらうようになった、と。
2週間、 本当に楽しみである。
今の状況、 今の現実、 今の気持ち、
あるがまま、 何の屁理屈も、 説明も付けずに。
肩肘張るでなく、 蔑むでもなく、 感傷に浸るでもなく、
感情に流されるでもなく、 そのままを そのまま。
ラベルを付けないそれぞれのカードが、
ただ、 順番に並んでいく。
それを、 ただ 眺めている。
そんな時を 過ごしている。
久々の ビデオクリップ。
ヒューグラント主演 リチャード・カーティス脚本 の
『フォー・ウェディングFour Weddings and A Funeral』
見ながら、 『ラブ・アクチュアリー』 に似ているなあ、
と思ったら、 脚本家、スタッフが同じとの事。
なんだか ホッコリする作品。
夏ではあるけど、 暑すぎなく、 むしむししない
ホンワカな あったかさを 堪能してしまいました。
人間って底知れずいいなあ。。 と。
楽しかった♪
固執しては はがされ、 はなれ、
さまし、 緩める。
日々の、 伸縮、 緩急、 がじんわりと伝わる。
この今も、 ノートパソコンのキーボードを打つ指や、
べたりとのせた手や、 肩からつながる腕に 目をやりながら、
それぞれが、 そんな事を感じていると。
ふっと、 全身を緩めた。
ちょっと先の広場から
盆踊りの太鼓と聞きなれた音頭が
聞こえ始めた。
耳を傾けながら、 窓に目をやり、 仕事の手を動かした。
ちょうちんがぶら下がり、
音の消えた盆踊り会場だった広場を
ゆっくりと見ながら、 横を通り過ぎる。
踏切を渡り、 線路沿いを歩いていると、
正面に、 ビルの横から、 ぽっかりと
左斜めに傾いた半月が 浮かんできた。
オッ と思わず声を出してしまう。
少し大きめの、 少しオレンジがかった月。
いつもと同じ帰り道、
いつもと同じ時間帯の
今夜の帰り道。
時が刻まれ、 定められた状況に囲まれ、
人と共有しあう世界の中で、
自分の足跡を、 自由に踏み出し、進んでいく。
なんのあせる必要もなく。
少しづつでも、 ほんのちょっとづつでも、
何かを積み重ねていこうと。
昨日、 しばらくぶりに海に入った。
海泳ぎの楽しみは、 格別である。
あちこち景色を眺めながら、
ゆっくりと浮かぶごとく泳いだり、
流れにまかせたり、 波に飛び込んだり、
急に冷たい海流にぶるっとしたり、
そろそろ戻るか、 と浜までの距離を感じてみたり、
なんとも体が水になじむ感じが
たまらなく好きだ。
海の状況、 天気、 体調、 気分、 人々、
全部が触発しあって
この 『好き』 を 呼び起こしてもらった。
感謝。