ここのところ、 渋滞にばかりはまっていた。
10分で到着する距離を、 1時間。
通常なら 1時間弱のところを 2時間半、 などなど、何度も。
せっかくだから、 と、 何かこれから学べるかなあと、
渋滞の車列の中で考えた。
渋滞の途中に動いた自分の心理を 思い起こし、
渋滞中の車内での自分の置かれた状況、 行動を思い起こす。
目的地で起きた出来事や、 受けたものを見る。
お。 ここ度々続いていた渋滞の状況、
場所は違えど、 結構自分は同じ心理状態を繰り返し、
同じ事をして、同じモノを得て、
同じ気持ちで帰り道にたどり着いていたみたいだ。
ふむふむ、これは。。などと、
ちょっと人生などに重ね合わせて
自分への励みや、奮い立たせや、追い風などに
してみたりした。
なんだか得した気休めの時。
国立西洋美術館に マティス展 を見に行った。
大粒の雨が降りしきる中、 上野の公園の中を歩くだけで、
木々からの気持ち様さが充満し、 プロローグが完成
という感じ。
早速、中へ。
地下から始まり、 テーマごとに 7つの部屋で展開される
MATISSE に 気持ちの窓が全開、
目じりを下げ、 口元を緩めながら、
本当に面白く、楽しませてもらった。
同じ主題を、 見た目のままのに、(現実的に)、
また、 その本質のみを (抽象的に) 描かれた作品を
並べて展示してある為、
マティス が 何をその対象物の中に 『見た』 かが
ストレートに 入ってくる。
作品を見ていると、 その作品のモデルになっている
そのモノ それ自体 と、
マティスの前に現れている そののモノ と、
マティス 自身を覗きこんでいる気分になるのである。
私自身は、 マティスの 本質をストレートに、
そして、 きわめてシンプルに描ききった作品たちが
とても好きでした。
展示されていた 一つ一つの作品を思い返すと
言葉が止まらなくなりそうなくらい どれも
面白かった。
そんな中でも 特に選ぶとすれば。。
『メイベル・ヴォ連の肖像 I』
『横たわるキリスト』 3作
『眠る女と静物』
(夢見てるだろうと夢の周りの風景がおもしろかった)
『窓辺のヴァイオリニスト』
『黄色と青の室内』
−赤い室内のシリーズ 4作
『ポリネシア、空』
『ポリネシア、海』
『黄色い背景の顔』
(この作品が最後に展示されていた。
peace という言葉が湧き出て止まらなかった)
またしても、 全くの素人で、 詳しくは全然わかりませんが、
感じるだけ 感じて、 感じきって 館を出ました。
外の雨は、 止むどころか、 大粒になり、
木々の気持ちよさだけが 公園の中に残されているようでした。
日本画家 千住 博 氏 が テレビ画面の向こうで
語っていた。
”絵の具は時間をかけて作ると 1000年とか
平気で持つんですよね。
芸術家は死んでからが勝負というところがありますから。。。”
芸術家と呼ばれる方々のお蔭で、
目で見て、 音で聞き、
指が楽器を奏で、 歌い、
数百年を超えて、 それらが作られた時代の、
当時の人々と共感しあえる、
喜びを味わわせてもらっている。
今、 確かに、 実感として、 現実として。
日々の生活の中に 芸術が、
芸術として、 芸術という言葉を超えて、
広がり続けることになるのだろう。
うれしい。
そこにある同じ楽しみを知っているから、
全ての力を出し合った勝負が出来る。
そこで生まれる震えるほどの感情を
今日はどんな風に味わえるだろうかと、
足を運ぶ。
全ての力で 相手との勝負に挑む。
ふるえがふるえを呼ぶ。
左耳の付け根に ごりっとしたかたまりがあり、
ズキン、 ズキン と信号を送ってきた。
かたまりを静かにさすり続けて
どうにか ズキン ズキン がこないように
散らしていた。
はなすと、 また ズキン。
どうしたものかと、 google にたよる。
あった。 「耳の周りの頭痛に効くツボ」 のタイトル。
クリック。
えっ。 なんと 足のツボ。
「胆経」 という からだの外側を流れる道筋 の ツボ だとのこと。
たしかに、 左のそのツボ押すと 左の腕や、足の外側が暖かくなってくる。
耳にもつながっていそうな気配。
あはあ。 流れ道 。。。
直接的でなくても、 流れ道の遠くからでも。。。か、と。
(ひとりごと。。。解きたいと思っていた問題は、
なんだか、 脳も、体も 一緒みたいな出来事だ。
なんと グッドタイミングで
教えてくれるんだろう かと。 ありがとう♪)
道のかなた遠くから、 美しい音色を響かせながら
音楽隊が少しづつ近づいてくる。
小さい小さい音色が、 少しづつ。
小さい小さい音楽隊の姿が、 少しづつ。
近くに来れば、 自然に、 輪に入り、 列に加わり。
音楽に体が自然についていく。
きっと、 これが自然。
吉本ばなな 著 の 『夢について』 に 書かれていたくだりを
ふと思い出した。
| できることなら、やはり私達3人が心眼で見ている「木目の世界」はおなじであってほしい。 ついでにそこにはミロもゴッホもダリも行ったことがあって、三島も谷崎も私も思い描いたことがあって、それぞれが「理想の木目の室内」を思い描く時に生まれる空間はじっさいにこのよのどこかにあって、それは木目だけではなくたとえば「女」や 「海」 や 「緑」などこの世のあらゆるモチーフにそういう、芸術家が出会う真実の「そのもの」を表す、次元の違う空間があるわけです。 |
このくだりは、 吉本ばななさんが、
彼女の尊敬する画伯の描く木目が好きで、
その木目に似た木目を 他の画家の描く木目の中に見つけてた時の
事を綴ったものだ。
ここ最近、自分に起こる感じをふっと 頭に描いてみると、
画家達の描いた場面などが思い浮かび、
もしかしたら 同じような感覚を その画家達も感じた時に
その絵達を描いたのかなあ、 と思うことがよくあった。
たとえば、 千住博さんの 森林シリーズ の沸き立つ感じとか、
たとえば、 大昔から描かれている 天使たちの背中の
羽根の生える感じとか。
なんだか それが、吉本ばななさんの 書かれていた事とつながり、
同じものを見に行っていたのかなあと、 思えて、
たとえそうでなくても、 そうかもしれない、 と思わせてもらえる
そんな文に、 うれしくなったのだ。
そして、 これが 芸術家だけに与えられた楽しみでなく、
普通に暮らしている、 普通に仕事をしている、
普通に生きている 私でも 味わえたり、
そういうことを、 一緒に思える時代になったのだと、
なんだか ふいに うれしくなったです。
今日のエントリーは いわゆるブログっぽく。
どこからか見つけたこんな記事。
港区赤坂4畳半の社長 shi3zさん の元の記事は 8 / 2 付け。
トラックバックは、 その日以降、 ダ〜ッと 今もずっと続いている。
きっと誰しも接したことのある場面の考察結果で、 つい、
ふれたくなってしまうのかも。
みんな書いてる書いてる。
えっ、 私は何を感じたかって?
超理系脳の 時期を振り返りつつ、
理系脳でいる間は女でもないのだなあ、 と。
モノづくり。。 とは良く聞く言葉だが、
この時代、 モノ の範囲は相当に限りがない。
生きていく過程で、 様々な時代に生み出されつづけてきた モノ
が、 たまたま、 過ぎてきた時代環境により、
物体 としての 物 であった。
モノ というと 物 と イコール(=) であるようにも思われるが、
実際のところ、 モノ の定義は、 物 とは 異なるのではないだろうか。
生きている間、 生きさせていただいている間、
今の時代の モノ づくりに チャレンジし続けていこうと思う。
。。。
思う、 という言葉を使うことに、
いつもとまどう。 今日も、 迷いながらも、
他に使う言葉がはまらなかった。
9日に 名嘉睦稔さんの番組を見てから
ぐんと引き込まれている。
10日にはかねてから見たいと思っていた映画に
つながっていて、 思い立って見に行ったり。
今日は、 仕入先で。
いつもはエレベーターを使うところ、 たまたま階段を使うと、
階段の壁面に僕稔さんの版画のポスターが数枚、
額に入り展示されていた。
じっと階段に立ち止まるも、 これは と思い、
店用に購入。
店のデイスプレイも兼ねながらも、
ご希望の方にはお求めも頂ける。
毎日、 目にすることが出来ると思うと、
仕事にも一つ楽しみが増えた。
お客様で、 お目に留めてくださる方がいらっしゃるか。
どんな方の目に留まるのか。
お持ち帰りになられたいという方がいらっしゃるか、 など。
とにもかくにも、 原画ではないが、
あの 睦稔さんの版画の空気が店に入るのがとても楽しみだ。
こんな事もあるものだ、と。
沖縄に始まり、 沖縄でおわり、
沖縄から頂いた一日だった。
ひょんなもので、 なんだか1つのキーワードにまつわる
出来事が起きる一日があるものだ。
今朝、 石垣島で暮らしている叔父、叔母、 が
町田にやってきてくれて、 何年ぶりかで
お顔を見ることが出来た。
母に頼まれ、 子供の頃、 親戚達と食べた
懐かしいケーキ屋さんのお菓子を買い求め
それを 母の元に届けたところ、
偶然にも お会いすることが出来た。
仕事の合間だった為、 本当に 2〜3分 だが、
お顔を見れて 懐かしかった。
実は、 そのケーキ屋さんでも、
大変楽しく買い物が出来、
ずいぶんとうれしい気分を味わう
おまけ付き出来たのだった。
これは、朝から良い事尽くめで、
ますます特別なことでもあるかしら。。。
などと過ごす一日も、 特に変わらず。
家に戻り、 ほっとし、 トップランナーは
誰が出ているのかしらと付けてみると、
初めて目にし、 耳にする方。
名嘉 睦稔 さん という 沖縄出身の版画作家。
はじめは、 宗方志向氏 に似ているような気がしたが
(作法が同じとの事)、 見れば、 また全く別物の
名嘉睦稔さんの 作り出す世界だった。
まさに、『表現者』 の姿に、 作品に、 言葉に、
何故だか口をぽかんと開けて、 見入り、 聞き入ってしまった。
すごくいい時間を頂いた。
まさに、 沖縄から頂いたありがたい一日だった。
『シェフと素顔と、おいしい時間 DECALAGE HORAIRE』 を見た。
ジャン・レノ と ジュリエット・ビノシュ (『ショコラ』ほか)、
二人の繰りなす場面場面につい釘付けに。
| ストーリー: パリ、シャルル・ド・ゴール空港、25時。 恋人から逃げる女と恋人を追いかける男が、足止めされた空港で図らずも一夜を共にするハメとなり、反目しながらも次第に惹かれ合っていく姿をロマンティックに描く、ラブコメデイ。 |
空港に行きかう人々の作り出す独特の空気感、
荷物にうんざりするほどの妙に狭々したカフェ、
街中とは異なる独特の空港内での人との距離感 が
現実味を帯びていて、 一気にストーリーに引き込まれた。
そして何より、二人の表情や,しぐさや,様子がたまらなくいい。
かろやかに、 でも、 ちょっとしっとり、
夏から秋に向かう時期にピッタリの作品。
楽しかった♪
日常で フッと自分に向いたとき
意識にほんの少し新しさを入れてみている。
ほんの少し。
例えば、 背筋の伸ばし加減や、 腹筋の数や、
言葉の数の増減、 視点、などなど。
くせに任せていたことを少しずらして。
常にではなく、
フッと 自分に向いてノックでもしてくるような時だけ。
そんな事をしてみて、 その変化を楽しみ始めている。
プレジデントヴィジョン (9/4 vol.186号)のインタビュー記事。
株式会社MCJ 代表取締役社長 高島 勇二 氏 の言葉が
ずっしりと 深いところから 沸き立つ思いがした。
| 1円の重さが分かる経営者じゃなきゃいけないと思っています。 1円の重さは何グラムかわかりますか? 1円の重さは1グラムだということを分かる経営者じゃなきゃいけないと思っています。 |
それぞれの単位の 「1」 を 常に意識の元に感じていようと。