信号で止まるのが 待ち遠しいぐらいの夜空。
帰り道、 運転する目の前の空に、
とびきりの夜空が出迎えてくれた。
下弦の月が ちょうど 受け月のようになって
その月に 何かを注ぎ込むように光った赤い星。
なんとも 贅沢な、
なんとも贅沢な 地球の冬の一夜であった。
例えば、
花 が 木 を 花であるかのごとく接し、
木 も 花 を 木であるかのごとく接していた。
あるとき、
花 は 木 が 花とは違う 木 という植物だとわかり、
木 も 花 が 木とは違う 花 だということがわかる。
個性とはまた別の、 属性。
その属性の特性が 紐解いてくれる。
感謝。
あは、 DVDプレーヤーを買った。
レンタルビデオやさんも、 ビデオよりDVD の方が
品ぞろいもよくなってきていて、
手ごろな値段のプレーヤーもある事と聞いて、
ヨドバシカメラで。
たまったポイントもあったので、
ほんの少しの出費で買えた。
いやあ、 DVD の おまけがいいですね。
『恋愛適齢期』 の DVD を観たのですが、
ジャック・ニコルソン が
映画 丸ごと解説しているじゃあないですか。
すご〜い。
ジャック・ニコルソンの 俳優の姿を ちょっと覗きこんだ様で
ドキドキしながら、 映像と 言葉を 掛け合わせていました。
なんとも お徳気分。
いやあ、 楽しみが増えました。
そうそう、 本編ももちろん面白く、
ダイアン・キートン、 キアノ・リーブス 、他
出演者の作り上げる 素敵さが たまらなかったです。
映画 『ネバーランド』(FINDING NEVERLAND) を鑑賞。
主演 ジョニー・デップ 。 出演 ケイト・ウィンスレット 他。
監督 マーク・フォースター監督。
スコットランドの作家、ジェイムズ・マシュー・バリと
彼の 演劇(play) 『ピーター・パン』 が生み出される日々を
描いた作品。
じん、 と 深いところに伝わってくる映画だった。
本当に、 観て良かった と、
そして、 もう一度 観てみたいと思う作品であった。
エンドロールのピアノが
映画によって開かれた深い部分の
ふたを閉じるようで、
最後の最後まで、
フイルムの最後まで 丁寧に創りこまた映画を、
こちらも 全て 丁寧に味わいたい、
そんな作品。
想像するということ、
想像を 現実の世界から 共有するということ、
現実に生きるための 想像の世界のこと、
希望 と共に 現実を生きる、
ということなどを、
目を上にしたり、 胸に意識を集めたりしながら
感じてみたりした。
印象に残った場面には、
今も、 どこからか 涙が浮かびそうになる。
まだ、 もっと書きたいことがありそうなのですが、
うまく まとまっておらず、
じっくりと 書き足すことになりそうです。
何の予定も入れない休日を過ごした。
約束をしない休日は、
覚えているところで 3年ぶりぐらいか。
ゆったりと コーヒーを飲み、
本を読み、
ピアノを思う存分弾き、
ちょっとのお酒を飲み、
また本を読んだ。
室温が下がり、 外を覗くと雪。
暖房を強めて、
クラシック映画の 『エデンの東』 を。
ざわめきのない、 ゆったりした
タイミングよく頂いた 休日だった。
若い世代に、
これから益々に楽しみだね、 と。
上の世代の方々に、
これから益々楽しみですね、 と、
いつの間にか口にしている。
はてと、 今 ここの自分に同じ言葉がかけれるだろうか。
過去の自分にエールを送り、
未来の自分にエールを送っている。
今、 ここの自分にも同じエールを送ってみるとしよう。
思い切って。
同じ状態でいることの抵抗は、
きっと、 何らか形となって表れてくるかも。
あたかも、 他のことが原因のように。
もしかしたら、 同じ状態のままになっていることを、
少しでも動かしてみると その形となって教えてくれた問題も
取りさらわれるかも。
いやはや、 風はいつもどおりに流れていたのだろう。
風を通す穴を開けようとするこの手に、
錘をつけていただけだったのだろう。
いやはや、 風は いつもどおり、
いつも 流れていたのだろう。
きっと、 通る風は心地よい。
わっ、 苦手(欠点?)を発見。
全部 この 欠点が きっと大きく左右しているなあ
と思えるような。
欠点だけど、
けっこういろんな理由がわかったようで、
ちょっとうれしい。
尽きることなく、 色々な欠点、美点の
発見の連続だろう。
ある意味、 そんな楽しみ方もいい。
痛くもあるし、 みっともなくもあるけれど。
数ヶ月ぶりに 『ラブストーリー』 を ビデオで。
本当に、 気持ちが揺れ動く場面の連続。
クァク・ジェヨン監督 には、
こちらの気持ちを ボールのように あちこちに
投げられてしまう。
そうなるのがわかっているのに。
動かされたい為に、 この監督の映画を見る、
なんという 癖に はまりそう。
表明、 表示、 表現、 表する、 表 。。
内なる急速な変化をわかりながらも、
その時の確実な記録として、 思い切って。
たとえ、 次の瞬間には異なる響きとなろうとも、
その変化の過程の足跡として、 思い切って。
その足跡だけが、 対象となることがあるだろうから。
姉妹同士、 親子同士、 ついつい近いと思うから
距離を計らず、 位置を決めずに
接してしまっていたような。
間の一呼吸で、
姉妹、 親子 ならではの
”たまらなさ” を 再認識。
感謝。
中学時代からの女友達の年賀状。
お2人のお子様が七五三を迎え、
ご家族の写真の横に書かれた一言を。
”女の平均寿命は長い!
あせらず、 力まず、 子供と向き合いながら
夢を追い続けるつもりです! ”
ズキンと響いた。
なんとも素敵な幼馴染だ。
車から降りると 沢山の星が。
そうえいば。。と マックホルツ彗星 をさがしてみる。
首が後ろに落ちそうなぐらい 見上げるも、
見当たらず、 きょろきょろ。
あきらめて、 家の中へ。
明日は見たいな。
お正月、 1つの番組 と 1つの番組のエンドロールに
釘付けになった。
1つは 3日の夜に放映していた
『スパーレッスン 巨匠に学ぶピアノ ピレシュ』。
マリア・ジョアン・ピレシュ さん が
生徒さん達へ 息をのむようなレッスンを行っていた。
何小節も弾かないうちに、鋭い声を掛ける。
その連続。
ピアノは全くの素人ながら、
ピレシュさんの 自身を通じて 伝えようとする
張り詰めんばかりの、 そして、 熱のこもった
エネルギーは こちらの体をも硬直させるようだった。
硬直とはいっても、 全身が その声に集中するような
そんな硬直感であった。
なんと 言葉にしたら良いのか、
目の離せない1時間半であった。
音楽は 息、 そして、 体を通してのみ音になる、
という言葉が 今でも 耳に残っている。
そして、 もう一つは、 5日夜に放映されていた
「夏目家の食卓」 の エンドロール、
紙芝居のように 写りこんだ風景の映像。
きれいな水がいっぱいのたらいに浮かぶ
きゅうり、 スイカ、 なす。
裸電球のランプ。
つけられている 3本の熱燗。
その絵を見ただけで、
その裏で響くだろうの声や、 見えない場面が
沢山浮かびそうな、 そんな 絵の連続であった。
切り取りの画面で 見えない情景を想像してもらう事が
出来るなんて。
そんなふうに 今年は 言葉を綴りたいと、
そう思った場面だった。
と、 とはいえ、 長々になってしまった今日のエントリー。
切り取りの場面を言葉で。
そして、 その言葉が 情景を浮かばすように。
ことしの blogの テーマの一つにしてみよう。
人が集まることをいいことにして、
いろんなメーカーの缶ビールを用意した。
ドライ、 一番絞り、 キリンクラシック、 エビス、
どこのメーカーだか、 パッケージにきれいなビール色が
印刷されていいるもの、 などなど。
ギネス生 も 初挑戦。
どこかで見たように、 グラスを斜めに傾けて
泡の様子を見ながら 2度に分けて注いだ。
おいしいいい。
早速、みんなにも缶とグラスを渡す。
グラスに顔を近づけ、 泡に注意しながら注ぎ始める。
あはは。 感想はそれぞれ。
ビール談義に花が咲き出す。
お正月もそろそろ終わってしまう。
初仕事の帰り道、 いつも気になっていた花屋さんで
淡いピンクの チューリップ と スイトピーを 買った。
お正月に花を用意していないのが
ちょっと気になっていたから。
そういえば、 自家用に切花を買ったのいつぶりだったかな。
大きくて シンプルな 白い花瓶を出して
フワンと生けた。
年賀状は、 お正月の楽しみの一つだ。
ネット上の賀状も、 葉書の賀状も
どちらも楽しみだが、
葉書の方が、 まだ主流かな。
限られた はがきサイズに
先方の1年が、 ちょっとだけのせられてくる。
その ちょっとから
その人の一年の沢山を感じたり、
自分の一年の沢山を感じたりする。
今年も、驚きニュースの 葉書もあったり、
応援したくなるような葉書もあったり、
ニコニコする葉書があったり、
なんとも楽しんでいる。
どうも有り難う。