今まで普通に使っていた言葉なのに、
あるとき 何故だか その言葉が
全く別物のように、はっきりすることがあります。
今日は これ。
『割り切る』
普通に使っていた言葉だけど、
今日はこれで ずいぶん助かりました。
割り算して、 あまり 。。。n が
ない計算。
なんにも ふわふわ どっちつかずがない計算。
先のことを測らなくてはいけないけない時、
いろいろな計算が必要な時、
「割り切る、割り切る」と 思いながら
いろいろを 組み立てすると 本当に すっきりしちゃいました。
予測、予定、先の事を見たくなかった
このごろですが、 これがあれば
今の事として 考えられそう。
割り算知っててよかった。。
目が見てくれる、はかってくれる、感じてくれる。
耳が耳をそばだててくれる、聞いてくれる、感じてくれる。
口が出したがっている声を発音してくれる。
声を見極め、聞き極め、また出してみる。
なんか 今更と言うか 改めてというか
いつもの事のようだから 何で今日?
なんだけれど、
昼休みに、急に思い立ち、書き留めておこうか
と思ったんだけど、
ほんとに 生きててよかったなあ と思う。
何が起こったわけでも、お天気がいいわけでも、
何かの結果が出たわけでも 全然ないが、
何にもなくて、何か特別なことがなくても
生きていてよかったと思ってしまう、
単純な脳天気、おばか、鈍感 が この世に
一人ぐらいいてもいい。
小さいけど。。
さてさて。。。
見ようと思って見ると、見え過ぎてしまう。
では どこにそれを持っていく?
一番壁が厚いところ?
お〜 削られるのはやはり痛い。
う〜 本当に。
ある意味 世界一大きい、世界一キャラクターの多い、
いつでも、誰でも、参加自由の
ファンタジーワールド。
いくつになっても 楽しい訳だ。
さあ これからどうなる、どうする?
タイムラグの連続。
その隙間の 流れを追ってみると
あら不思議。 こりゃまた。。。
なんか 面白くなりそうな 予感。
明日は何が加わってる?
本日 バーバリージャパンの代表取締役の方が
私共の店にお見えになった。
8月よりロンドンから日本に住まいを移した
イギリス人の素敵な紳士であった。
バーバリーブランドの寝具が ちまたで
(デパート以外で)どのように販売されているのか
ご覧になられたかったとのこと。
様々な分野の小売店をご覧になってらっしゃるようだ。
様々な価値があり、 価値に対する考えがあり、
受け取り方があり、消化のされ方がある。
どうしたらよいだろうと思う。
その人はきっと もちろん やりぬいて
いく事だろうと思う。
でも、だからと言って、
体が重くなるこの思いは消えない。
ストラヴィンスキー 『兵士の物語』 の初日舞台を観に行った。
(出演 西村 雅彦 さん、
踊り 西島 千博 さん、 酒井 はな さん、
指揮 西本 智実 さん)
舞台から目が離せなくなり、入り込んでいく自分と、
その自分がどんな感情を抱いているかを 観る自分を
味わう 優雅な時間だった。
目が見えたこと、耳が聞こえたこと、
呼吸ができたこと が とても有り難いと思う。
笑顔だったり、表情だったり、声だったり
それが切符になったりする。
笑顔だったり、表情だったり、声だったり、
それが補助クッションやわらかマット
だったりする。
1つづつ、1つのかたまりを過ぎていくと
あっという間の出来事として過ぎている。
それに向かう前は、この事をやってみよう
と思って やってみる。
次に進んでいる。
このペースがいつの間にか どんどん 短くなっている。
こんな日もあってもいいか。
また、明日には どんなになってるかわからない。
まあ いったりきたりしながら
役割はきっちり見極めながら。
様々な、沸き立つ気持ちが
原動力になったりする。
それに乗るか、乗らないか。
色々なことを突き詰めていくと
全てがそこに行き着き、
その感覚を信じていいんでない と
いえる部分がある。
それをもとに、
それが判断してくれていたりもする。
オリーブの実が いよいよ赤くなりました。
つやがあり、深みがあり、葉の深い緑が
少し混ざったような。
とうとう1年を通して 花をつけ続けてくれた
2年目の ミニシクラメン。
深紅が 秋のほのかに白い空気に
ようやく なじんできました。
いよいよ 寒さがやってきます。
明日はハロウイーン。
街中に、ハロウイーンパンプキンにマジックで顔を
書いたかぼちゃがあふれていますが、
是非、カーヴィングをして、中にローソクをともし、
秋の香りを楽しんでみて!
かぼちゃの カーヴィングのやり方は 簡単!
手作りは 味が出て楽しいよ。
![]() | まず、かぼちゃの上部を丸くカット。 大きさは、中に入れるろうそくが入るくらい。 | ![]() | かぼちゃの種、わたを スプーンで くりぬいて出します。 きれいに取れたら、いよいよ顔をカット。 |
![]() | 中に、ろうそくを入れて、(ローソクは、無臭の物) はじめにとった上部のふたを閉め、出来上がり。 |
|
| ローソクをともすと、パンプキンの、やさしい香りが、 お部屋に広がります。 ボアンとやさしい明かりもともります。 この香りは、どんな scented candle にも出せない とびきりの季節の香りです。 |
キルトをご趣味にされていらっしゃり方から
クリスマスリースを頂きました。
10数年前に北欧に行かれて求めてきたリースを元に
毎年 作られていらっしゃるとの事。
その他、様々な 作品を見せていただきました。
キルトは、 小さくきった布を
色々組み合わせて また、大きな形に
作り上げます。
布は、年代の古く、また、ヨーロッパの生地が
色の染が違って、味わいがあるとの事で、
その、生地を 探しに歩くのも楽しいのだそう。
単なる色の組み合わせだけでなく、
様々なものが混ざり合って
仕上がっている作品は 見ていて
とても気持ちが良いのです。
理屈は理屈。
まあ、そこにあることが、
まあ、そこにいるだけで、
うれしくなったり、楽しくなったり
してしまうのです。
それもいいか。
で、次の瞬間は、又違った楽しみとなる。
それの連続。
言葉が見つけられない 事柄があり、
きっと その事柄が その本の中に書かれていると
わかっていても、 自分でその事柄を
表す言葉を 見つけるまでは、
なんとなく 読みたくない なんていう本がある。
きっと その事柄が 書かれていて、
もちろん 字となっているので 言葉が並んでいる訳で、
ある意味 探している事がそこにあるのだろうが、
ある程度、自分の中で 処理して、自分の言葉を
割り当ててからでないと 流されそうで、
目にしたくないと思ってしまう。
いつか 読もう と思っていて、
ふっとしたときに まあ 読んでみようと
思ったりする。
本って、 言葉って、 残された字 って
はたまた、時 って すごい。
5年目にして 初めてオリーブが 実を付けてくれました。
地植えでは無く、ちょっと大き目の植木鉢に植えてあり、
オリーブの木は その木一本の為、 実はならないと
思っていました。
(以前に、オリーブの木は2本以上ないと
実をつけない。。と聞いていたので)
楕円の実の 長いほうは 2cm 位あり、
グリーンから、徐々に赤くなってきています。
まさか まさか の贈り物でした。
声となって 自分の奥底にあるもの
(信じるものといっていいのだろうか)
が、
口から出る事によって、何が始まるのだろう。
口から出る時 は どういう時なのだろうか。
ここで言うのは 普通に交わされる会話、
言葉とは ちょっと違う。
何故だか、今日は そんな 信じる事が
口から声となって出てしまった。 出てきた。
さらっと、易しい ふんわりとした表現ではあったが、
自分としては 奥底から信じる 深い事柄だった。
そのきっかけをくれた 声を向けた その相手
には 何故か 感謝の念が沸いてきている。
1行、数秒 で もちろん誰でもわかる
簡単な日本語である。 特別な言葉ではない。
ただ、それが 出てきた後は、
なんとも 重いというか、
ずっしり自分にのしかかってきている。
これが、自分にとって、何の表れだったのだろう。
言葉は信号、、
又、言葉にしたときには何かを通り過ぎたときだ、
又、言葉にするとかなう時がある。。。
などなど、 色々な 事を言われている。
奥底から発せられる事が 声となって出てくるとき
それは 何なのであろう。。。
いいのかなあ、こんな事まで書いてしまって。。(恥)
目に止まった場所が 今日は、ホトトギス色に
染まっていました。
ホトトギスの花が 満開だったのです。
(満開と言う言葉は 少し似合わないのだけど、
花を沢山つけていたのです。)
草花で、茶花に合う ひっそりとして、
存在感のある 花です。
花弁には紫の斑(ブチ)の模様。
色にしても、形にしても、決して華やかではありません。
特に手入れもしていないのに、季節が巡ってくると
花を咲かせてくれて、秋を知らせてくれます。
華美でないのですが、そばを通れば、
ふと目にとめてしまう、そんな花です。
寒さの苦手な私には、寒い季節の始まりを告げる花なので
うれしい知らせではないはずなのに、
やっぱりうれしい 花なのです。
今年も お目にかかれて うれしいです。
目の前にあるものを そのまま書いたり
描いたり しても 人によって違う物が出来上がる。
ただ ただ そのままを 表す。
それでも、だから、 面白い。
目も、耳も 色々面白い。
掃除をしていて、おっ、これは手ごわそうな汚れ、
と思い しばらくこすらなければ 落ちないだろううなあ、
と、気がまえて 拭き始める。
でも 思ったよりずっと簡単に、 するっと汚れが落ちた。
拍子抜けするくらい するっと落ちた。
なるほど、こんな事もあるんだ。
Continue reading "あら あっけない。"その道に通じている人々が それぞれの○○を
「○○には力がある」
と 語ることがある。
その人が、○○を 生み出すとき、人にきっちり伝わり、
生み出した側も、人に伝わった事を
しっかり感じ取っているからなんだと思う。
確かに その人から生み出された ○○には 力があり、
それを生み出す人は 本当に、すごい。
人、 一人一人に きっと 「○○は力がある」 と
言えるものが 1つづつ あるんじゃないかなあ。
なんて、楽天的に考えたりもします。
そんな○○見つけられたらいいなあ。
どんな努力が裏にあるんだろう。
本日、私の留守の間に ネットでお買い物をなさって下さっていた
お客様が 町田の店に ご来店下さいました。
実際に お目にかかることが出来ず 大変残念で、
又、わざわざ足をお運びくださいましたのに
申し訳なく思います。
こちらの お客様は、ネットでのご注文の歳、
寝具に関する 子供の頃からのとても
暖かな 思い出をお話くださっておりました。
たまたま 寝具を扱っていた為に
とても 深い気持ちのお話にめぐりあい
なんとも ありがたく思っていたお客様でした。
今、仕事をやっていたが為に、思いがけず
溝内あたりが キュウーっとなる様な
お話が聞けるのは 身寄りに尽き、
この仕事をしていることに 感謝しています。
きっと 誰もがそんな思いをしながら
お仕事をされているのだろうと思います。
こんな事の連鎖がおこるのはなんか良いなあ。
つづき。。
夏の間、店の前に 野良猫が生んだ 真っ黒に目の周りだけが白い
子猫が しばらく 住み着いていました。
大きくなり始めて、ここに住み着くのかなあ
と思っていたら、 無事 どなたかに もらわれていったらしく
姿を見せなくなっていました。
今日、昼間 お店に若い 今時風の
ファッショナブルな2人の女性が いらして、
辺りを見回していらしたかと思うと、
「あの〜、前にいた子猫なんですけど。。」
と話し出しました。
なんだろう。 と思っていたら、
ボランテイアの方達で、
「あの子猫 無事におばあさんと お孫さんと 暮らしている
暖かいご家庭に もらわれていきました。
名前も レオ と名づけられたみたいです。」
と 伝えてくれて、 出て行かれました。
わざわざ なんか お知らせしにいらしてくれ事が
なんか うれしく お店もホンワカしました。
ホント、なんかうれしいなあ。
今晩の町田は 月も星もとてもきれいでした。
昨晩の白く光った月とは一転、
今日は 少し柿色がかって 上半分を
スプーンですくった様な ずっと眺めていたくなる様な月でした。
こんな月を見てしまうと、
月にまつわるお話を生み、語ってきた
多くの、世界中の作家たちの気持ちが
ほんの少しわかるような気がする。
その昔は、きっと 同じ月を見ながら
多くの子供たちに枕元や、
火を囲みながら
いたる所で 様々な物語が口々に
語られていたんだろうなあ。
昔読んだ本の事が気になり 実家の、その頃読んでいた本を
しまいこんである戸棚を 十数年ぶりに覗いた。
その頃読んでいたのは 文庫本ばかりで、
あの 手にちょうど良い 大きさの
懐かしい本が 色々あった。
夢中になって読んだ本の タイトルが
目の前に現れ、
「そう そう、 読んだ、 読んだ」
「こんな 本も 読んだっけ」
などなど。
読んでいた頃の 風景が 次々浮かんできて、
あの かばんに入れていたとか、
この 本を読んだときには こんな気分になったとか、
あの机で読んでいて、友達が話しかけてきて、
その会話の内容だとか、
この本が すごく好きだったとか、
。。色々な 情景、感覚が 断片的にではあるが
思い起こされて出てきた。
でも、でも、これが 恥ずかしながら、
本の内容が 思い出されないのです。
タイトル、 作者 が目の前にあり、
夢中になって読み言っていた記憶は
はっきりあるのに。
(確かに 文庫本も読んだ後がある)
ちょっと こんなの恥ずかしいことだけど
読んだ気になっていたのかなあ、
何を読んでいたんだろう、とか
ちょっと不安に なりました。
これって 読むときに 使う脳とかに
関係していること?
たまたま 昨日 フォトリーデイングを
習得中 と言う 友人がいて
見た内容は 脳に組み込まれている などと
言っていたけど。
どうなんだろうなあ。
外に外に 向かう。
人は 宇宙に行って 何をするようになるんだろう。
地球が丸いと知って 今 人は地球を飛び歩く。
宇宙もそれと一緒になってしまうのだろうか。
もし そうなる事があるのなら
まだちょっと早いような。。
人間が 人間をもっと知りえてからでは?
それを決めるのは きっと 人 では無いであろうから
どんなふうに なるのか 楽しみながら見守るか。
それにしても 毛利さんが
「宇宙に出てみてわかった事の1つに
人間は地球でしか生きられない」
と おっしゃっていらした言葉が
頭から離れません。
品川駅の近く 御殿山の ホテル ラフォーレ東京の
庭園がすごく良い。
ちょっとした林か森に入り込んだような、
それでいて、それぞれの四季に美しい姿を
見せてくれる 木々が 計算されたように
植わっている。
木々の足元には、光によって7色に変わるという
湿地帯のプラントも植わっていて
今日は ブルーとも、グリーンとも、ワイン色とも
見える姿を放っていた。
まだまだ青い葉を茂らせてはいたが、
紅葉の準備を始めているようにも感じる。
小道を歩いているだけで 色々なエネルギーを
いっぱいに感じられる。
都会のど真ん中に あんな素敵な場所があるのは
本当に良い。 とても気持ちよいひと時を
味あわせてくれる場所です。
色々な逆風があっても そちらの方向に
進みたいと思う時があります。
もしかしたら、一時的な迷いに過ぎないかもしれない。
実りがあるかどうかもわかりません。
一時一時の選択をするとき、そちらの方向の
選択をしている、してしまっている、様な。
流れに流されているのか、でも つい
そちらに行ってしまっている。
今はそこを歩いていってみたいと思う。
結果が出るのか、あるのか、本当にそうなるのか
わからないけど。
そんな気分に酔うのもたまにはよいか。。
私の知っている人にこんな人がいます。
1番になると言って 1番になり、
今日は絶対クワガタのメスとると言って 取り、
カニを捕まえてみたいと言って、 きっちり捕まえる。
どれも 相手があり、回りがあり、状況があり、
その本人だけの力では 可能にならない事ばかり。
何が味方して 実現されるのだろう。
”本当に願うと それは 叶う。” とは よく言われる事である。
目の前に、それをしている現実を見える事は
本当に ラッキーだと思う。
こんな光のような物を見せてくれる その人に感謝です。
今 この時点で 私には出来ない事がある。
出来たらいいのに、 と思うことがある。
出来ない事すら 気がつかない事がある。
皆違う生き物だから、出来る事も違って当たり前なんだろう。
例えば 私が泳げても、魚のように海で生きられないように。
出来る事が違っても、『感覚』 はどうなんだろう。
私は 木のように ずっと 同じ場所に 動かずに
生涯を終えることは出来ない。
もちろん 木も 私のように 歩き回る事は
出来ない。
でも 木が 自分の枝で一息をつく鳥の存在で 感じる『感覚』は、
私にも、また どんな違った生き物にも 同じように
あるのではないだろうか。
人に出来て、私に出来ない事 で 悩むのなら
違った事でも 同じ『感覚』を 味わえる事を
見つけたりする方が 楽しい気がする。
そんな『感覚』 どこまで 見つけられるかなあ。
いろいろ 見つけたい。
例えば、大きい事を表すには、実際に大きく現さなければ、
と 思っていました。 単純に 大きい事を字で表すには
大きく字を書いてしまうとか。。。
ハッハッハ。 あまりの自分の単純さにあきれて
笑ってしまいますが 嘘みな様な ホントの事でした。
小さい中でも 大きい事って ちゃんと表せるんですよね〜。
例えば 海や 空や 自然の情景、現象が
自分の中に同じようにあるように。
こう考えると、 例えば 決まった枠の中でも
大きさを表現出来ると 思えてきました。
半紙に 字が書ききれなくって
どうしようかと思って感じたことでした。
《今日のタナカの造語》
『波 放 芯 温』
半紙に収めきれなかった大きい字。
「単なる ○”○ じゃん」 を確認したい方は。。。↓
いよいよ daiary を movabaletype に移行です。
皆さまの 足跡、コメント も 残せるようになりました。
movabletype は 読むだけでは面白さ半分。
是非、ご参加してくださいませ。
これからも よろしく!
やさしい って、強い事なんだ。 強くなると、やさしくなれる。 やさしくなるには、強くないと。
溝内あたりを、しっかり ぐぐっと 固めて、ぐっと強くいたい。 。。変な文。
ホント、表現が下手でやだなあ。すみません
どうしようもない 悲しさや、切なさを 歌や絵に表現した作品に会うことがあります。
どんな事があったのか、分かり知ることはありませんが、ただただ涙がこぼれる。
受け取る側の涙で、本人の悲しみが減ってゆけばよいけれど。
ヴァイオリニスト 千住真理子さんの『カンタービレ』のアルバムを注文しました。
子供の頃から活躍をされていて、お名前をよく存じていましたが、たまたま見た記事によると、順風満帆ではなかったようです。
色々があり、今年8月末に発売になったCD. 聞くのを楽しみにしています。
普段の移動は、もっぱら車ばかり。
最近、たまに 昼間のバスや電車に乗る事があります。
あの待ち時間のちょっとの間、車中の自由な時間が 異空間のようで、とっても不思議な時間が流れます。 たまの そんな時間がうれしくなります。
人とかかわるとき、人の気持ちをねつ造して、おかしくなる事がある。
こんな時に、声を出し合い話す事が絢をといてくれたりする。
こんなとってもありがたい機能は大いに使いたい。 ねつ造はやめにして。
この日のタナカの造語
『 一 在 果 和 』
ちょっと遊んで 「 いちあるかあ〜」なんて読んでみる。
例えば、こんな部屋があったらいいなあ。
ロフトの斜め屋根に窓があり、木と空が見える。
部屋のちょうど良い場所に直径1M位の水を入れる器を置く。
その水面に木と昼間の日が映し出され、夜になると、月や星が映し出される。
部屋にいてもその水の入った器を見ているだけでも、季節、時が感じられるような部屋。
そんな部屋を作れたらなあ。
面白いこと発見! 新しいことに出会えるって楽しいよね。
今度それを使って個人のページを作ろうと思っています。
出来上がったら又お知らせします。
新しい事って、出来上がるとそうでもなかったりする事もあるけど、
作ってる時ってなんか楽しんだよねえ。
日本未来科学館で、脳の働きのブースにはまった。
大人たちがヘッドホンを耳に当て、真剣な面持ちで次々に試していたので、私も座ってみた。
おっと、何! はまり込んでしまった。
何度行っても、全然見切れないほど、面白い事がいっぱい。
館の方々のお話もとっても面白いよ!